今日のしまどん

激動の令和時代を生き抜く中で個人的に残しておきたい、もしくは気になったことを気ままに発信するしまどんのブログです。

【現実逃避×心理学】とあるIT営業の悩みとアドラー心理学

はじめに

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IT営業として働いてはや5年。正直辛いことも多くあり、辞めたいと思った時期も結構ありました。

 

忙しさも理由にありますが、とはいえやりがいを持って働いている分には嫌ではありませんでしたし、むしろ残業代ももらえるのであまり大きなところではありません。

では何が辛かったのか。今日、改めて考えてみました。

 

営業の辛いところとは

 

営業に限らずかもしれませんが、一番嫌なのは「顧客のタスクまで含めて自分の責任にされること」 でした。

自分の作業で完結する仕事であれば、指示されたり依頼されたときに自分がやりさえすればいいので比較的楽です。しかしながら例えば「顧客から注文書を急ぎもらう」といった類の話は、フォローやお願いすることはできても最終的に発行することにGOを出すのは顧客なので、自分が早くやれば済む全てをどうしようもできない仕事になります。とはいえ注文書を急ぎもらえなかったことによって開発が遅れるなんてことがあった場合、よくSEからは「営業が顧客から早く注文を貰わないから作業が遅れた」と言われます。

 

しかし注文を出すことは顧客のタスクなのですから、その全体のプロセスで必要な私がやるべきこと(例えば作業内容を説明することや見積を出すこと)を適切にやっていて、そのうえで発行が遅れるというのであれば作業が遅れても私の責任ではないのでしょうか。

 

ここで大概、「顧客と信頼関係を築いて、そこ(=期日通りの注文書発行)までを握るのが営業の仕事だろ」という考え方が登場します。私もそのために日々顧客先に通い、最善の努力はします。なぜ私がそこまで背負わなければならないのでしょうか。

 

アドラー心理学における考え方

 

数年前にドラマ化もされた「嫌われる勇気」という本がありました。悩みを持つ「青年」と相談を受ける「哲学者」の対話形式で、アドラー心理学の考え方に沿って「どうすれば人は幸せに生きることができるか」について考えていく内容です。

 

その中に「他者の課題を切り捨てよ」というテーマがあります。

他者は自分の期待を満たすために生きているのではないのだから、自分の期待や信頼に対して相手がどう動くかは「他者の課題」である。他者の課題に介入すること、他者の課題を抱え込んでしまうことは、自らの人生を重く苦しいものにするので、この課題の線引きをすることが重要である、とのことでした。

 

この本では「自分もまた他者の期待を満たすために生きているわけではない」と書かれています。他者が自分の選択についてどう評価するのかということも「他者の課題」であって、これも切り離す対象かつ、自分にできることは「自分の信じる最善の道を選ぶこと」のみであるという考え方です。そして「自分の生き方を貫くためには他者からの承認欲求を放棄せよ→自由とは他者から嫌われることを恐れないこと」と 発展し、この本の「嫌われる勇気」というタイトルに繋がっていくのです。

 

おわりに

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さて私の話に当てはめると、注文書を発行することは明らかに「他者の課題」であり介入はしない。さらにそれに対する上司の評価もまた「他者の課題」なのであるから、それすら気にしない生き方を貫けということです。

この現実社会においてそんなことが可能なのでしょうか。理屈としては間違っていなくもないですが、実際周りの心象的な問題も相まって会社にいれなくなるような気がします...

だとすれば、そんな会社での生き方はやめろということでしょうか。

 

ともかく、これを受け入れるのは相当な勇気が要りそうです...なにかアドバイスあればいただけると幸いです。っていうか月曜を前にこんな話ですみません笑

ではまた!

 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

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